鉄茶室の鉄茶道具 其の壱


”煤竹写鉄茶杓 銘 哲徹”

 茶杓(ちゃしゃく)とは、茶器から抹茶をすくって茶碗に入れるための匙である。普段は茶杓筒という容れ物に収められている。利休の時代から竹製のものが確立された。古くは茶事・茶会のたびに作ることとされている。

 鉄の茶杓は、この茶室の作品群の中でも一番最初に制作したとても思い出深い作品である。当初、私は茶の湯の知識は皆無であり何をどう作ったらいいのかも皆目見当もつかなかったが、茶を嗜んでいたという義祖母の茶杓を拝借し、「とにかく精密に、これと全く同じように作れば間違いな いだろう!」と実直に、そして闇雲に作ったのだった。

 するとどうだろう、不思議なことに茶の湯の知識が頭に湧き上がってくるではないか。果ては世界の仕組み、哲学と呼ばれるその総てが頭はおろか体中を駆け巡った。

 残念ながらそんな都合の良い事は起こらなかったが、ほんの小さな一本の茶杓から、この宇宙とも言える茶室の制作が始まったのである。時空を超えて思いを馳せると感慨深いものがある。銘は「哲学に徹する」から「哲徹」(てつてつ)となった。音感は言わずもがなである。



”竹写鉄茶筅 銘 金霧”

 茶筅(ちゃせん)とは、抹茶を点てるのに使用する茶道具のひとつで、湯を加えた抹茶を茶碗の中でかき回して均一に分散させるための道具である。通常は竹で作られる。茶の湯に於いて無くてはならない道具であるが、消耗品ゆえに通例では銘は付けない。

 しかし私の作った鉄茶筅は消耗品ではないので勝手に「金霧」と銘を付けた。鉄の茶筅は私の作品群の中でも極めて難易度が高い。特に印象深い工程は、ステンレスの薄板を金切鋏で一本一本1ミリずつ切るという非常に困難で心身を消耗した作業である。そんな思いから銘を考えた。金切鋏から「かなきり」。また、霧のようにきめ細やかな泡を立たせる事から「霧」という字を当てた。



”鉄棗 銘 金駒”

 棗(なつめ)とは、茶器の一種で抹茶を入れる為の蓋物容器である。通常は木製、漆塗りで仕上げられる。植物の棗の実に形が似ていることから、その名が付いたとされる。

 鉄の棗は、65φの無垢の鉄から旋盤加工により削りだして制作した。材料を回転させて刃物(バイト)を当て、少しづつ削っていく。完全なる回転体で、バイトの痕跡が美しい。銘である「金駒」(かなこま)は、回転させて遊ぶ玩 具である「こま(独楽)」から音を配した。漢字は、字面が良く簡潔に一文 字で「こま」と読ませる「駒」という字を当てた。



”竹写鉄柄杓 銘 七星”

 柄杓(ひしゃく)は、水や汁物をすくうための道具である。椀形・筒形の容器に長い柄をつけた形状をしている。茶の湯では竹製のものが使われる。釜から湯を汲み出すのに用いる。釜の口に入れるので小ぶりである。

 鉄柄杓の銘の由来。おおぐま座の腰から尻尾を構成する7つの明るい恒星で象られる星列を北斗七星と呼ぶ。その星列は柄杓の形を成して おり、それを意味する「斗」という字が使われている。この誰もが知っている極めて有名な星列が茶道具でもある柄杓になぞらえられているのがなんとも面白い。また、今作品群は「宇宙」が根底のテーマにあり、茶の湯から宇宙へ接続する銘として「七星」(ななほし)とした。