茶釜は、茶に使う湯を沸かすための釜である。炉や風炉の上に据え、炭火(現代は電気コンロも使われる)に掛ける。他の幾つかの茶道具の中でも特に重要な存在である。茶釜の多くは鉄鋳造で作られる。
鉄で鉄でないものを作るのが私の本分であるが、本来鉄で作られているものは如何しよう。スタジオを見回すと、鉄を熱するためのガスバーナー、そのホースを辿るとその元であるLPガスのボンベが目に止まり、閃いた。ガスボンベは高い圧力に耐えられるように鉄で作られている。このボンベを改造して茶釜を作ってはどうか。可燃ガスを貯蔵していた容器に火を掛ける、なんとひょうげていることか。また、ボンベはドイツ語由来の言葉だが当のドイツでは「爆弾」の意味があるらしく、危険な臭いが漏れ出るようである。
銘の「丹燃」(たんねん)であるが、細かい点にまで心をくばる事、真心をこめて行動する事を意味する「丹念」という、正に茶の湯精神の体現かのような言葉から引用した。「丹」という字の形は、いかにもたっぷりとし た寸胴のボンベのフォルムに似ていて楽しい。またこの字は「赤」の意 味もあり、「可燃ガス」から取った「燃」に繋げると「赤く燃える」となる。
水指(みずさし)は、点前の時に茶釜に足したり、茶碗や茶筅を洗う為の綺麗な水を蓄えておくための蓋物容器である。陶磁器製のものが多いが、さまざまである。
鉄の水指は、先述のLPG鉄茶釜と呼応するよう酸素ボンベを使う。実際バーナーは可燃ガスと酸素を合わせる事により、鉄が赤くなるほどの炎を生むのである。
早速酸素ボンベを切断。底を覗き込むとほほうと感嘆した。底部中央が半球状に押し出されているのだ。LPGボンベと比べると酸素ボンベはかなりの肉厚であるため、途轍もない圧力で加工されている事が想像出来る。半球状の隆起は、さながらマントルの高圧力を静かに耐え忍ぶ星の大地のようである。滅多に見れるものではないだろう。
外側の塗装はさすがのボンベである。真黒く強靭な工業用塗料が塗られている。そして無数の傷が景色をつくり趣を与えている。内部は、鉄を由来とした弁柄という赤い顔料を漆に溶かし焼き付ける。底を覗くと前述の星の大地よろしく、赤い星が姿を現すという目論見だ。
「丹星(たんせい)」は「丹精」からの引用である。なんと「丹念」とは 同義語である。「丹」は「赤」の意「、精」を「星」と入れ替えて繋げると、「赤 い星」となる。底の景色そのものを表す銘である。
建水(けんすい)は、茶碗を温めたり清めたりした時の湯や水を捨てるために使う器である。湯を捨てやすいように口が大きく開いている形状の物がほとんどである。
鉄の建水だが、水指に使った酸素ボンベの残骸が良い。ボンベ上部を見るとボンベは肩から口に掛けて丸くすぼんでおり、ひっくり返すとどんぶり型となっていて建水としての形も申し分無いだろう。
銘は「黒点」とした。黒点は太陽表面上に観測される黒斑の事を指し、特に黒く見える部分を暗部と呼ぶ。読んで字の如く暗い部分の意 味であるが、隠蔽された醜い部分の隠喩としても使われる。建水は先 述の用途故に亭主の左袖に隠される。まさに暗部なのである。
蓋置(ふたおき)とは釜の蓋や柄杓をのせるための茶道具で、様々な素材、意匠の物がある。
鋳造の際、ドロドロに熔解した鉄の通る道を雌型に設ける。それを湯道という。また、湯道最上部の雌型に開いた穴を湯口という。この湯口に、熔解金属を溢れるか溢れないか位まで流し入れる。当然湯道も鉄に置き換わるが、製品にとっては不要であり、切り取られる。この湯口の表面張力による造形をそのまま利用したものを蓋置とした。
銘は「 波々」である。文字通り「なみなみ」と熔解した鉄を注ぎ入れる様から銘を付けた。また「波」という漢字を当てたのは、この茶室のコンセプト自体が、日本の震災や津波等からも発想を得ている故である。