鉄とともに


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”集大成、鉄茶室”

  "steel canvas"シリーズを経て、ほんの少しずつだが売れたりもし、徐々に認知されてきたように感じた。しかし 同時に、「どうも納得がいかない...」という感覚が膨らんでくる。クオリティは上がっているし、個々の作品はきちんと私の思考が反映されているはずなのに、活きていない感じがする。なにか芸術をやっている気がしないのだ。結局の所製造業的な物売りになってしまっているのではないか。

 ところが個々の作品に対する私の不満足とは逆に、個展時、ギャラリーに配置した私の作品群における空間は、自分の予測を 超えて重力を増し、張りつめた緊張感を孕んでいる事に気が付いた。多少大袈裟かもしれないが、鉄の作品が複数ある事で空間とその関係性は相乗的に複雑化し、様々に形を変えた鉄の作品群かは見えない鎖のようなもので繫がり、鑑賞者をも足枷のように絡め繋げるような感覚。「インスタレーション」や「もの派」等に通ずる事だが、自身の作品の体感から可能性を見出せた事にとても驚き、高揚したのだ。やがて複数の作品群を総合的に且つ効果的に見せられないだろうかという思考に至り、「鉄茶室 徹亭」が生まれた。

 日本の茶道に於ける茶室は、先に述べた事柄に打ってつけのモチーフだが、実際にそれを作るにあたっては様々な理由があった。その中でも最も強いきっかけとなったのは東日本大震であろう。

 あの出来事で、多くの日本人が自身の国籍や故郷を認識したのではないか。物理的に恒久だと信じられてきた、或いは思い込んできた我々の故郷は脆弱性をあらわにしたが、日本から外へ外へと飛び出していた我々の散漫で身勝手な精神は、超スピードで故郷に帰還する事となり、カサブタのように凝固しその傷を覆った...かのような錯覚を起こした。あの強固な連帯感。声高に、自信を持って日本人である事を主張出来るものをつくりたい。

 その思考は、日本の「工芸」に再度目を向ける機会ともなった。私は大学時代、彫刻科ではなく金属工芸科に在籍していたが、卒業後には閉塞的な「工芸」というジャンルに嫌気がさし、より自由の香りのする現代美術の世界に足を踏み入れた。(自由不自由は各々次第であるが...)技術的な作品を制作し つつも「工芸」というワードに対して意識的に距離を置いていたように思う。しかし、一度離れていた事が良かったのか当時見えていなかった「日本」と「物質」と「美術」の深い関係性を「工芸」から見出すことが出来た。尚且つ、自分のルーツが日本特有の工芸感から来ている事を実感した。鉄茶室は強い確信を持って制作する事ができた。

 「鉄茶室 徹亭」は「鉄で鉄ではないものをつくる」という自分の文脈の集大成となり、出来過ぎではあるが2013 年度の岡本太郎賞という栄誉ある賞を戴く事となった。

TETTEI 加藤智大 Tomohiro Kato
鉄茶室徹亭、茶道口から

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